先日の毎日新聞(だったと思う、でなければ静岡)に昭和60-70年代の評論が載っていてこの本に言及していたのでさっそく借りだした。残念なことにこの本のことも作者の桐山襲のこともほとんど記憶に無い。同時代を生きていたはずなのに...
全く知らなかったかあるいは聞くことはあっても興味が無かったか... 「風流夢譚事件」についてもすでに"ああそんなこともあったなあ"という程度なので...実のところはわからない。なので若干Wikipediaで知識を補充してみた。49年生まれと言えば3年しか違わない、がしかしあの時代、その年代では大きな差かもしれない。経験した事件や感受性にかなりの違いがあるかもしれない...が、やはりそれにしても、と思う。
俺はあの時代一体何を見ていたんだろう...と書くと何やら自虐的になるがまあそうでもない、かなり感傷的にはなったが...済んでしまったことは仕方がない ^^;
少々胸の痛みを覚えながら読む。小説自体としても結構面白いしこの文体はかなり自分好みといって良い。
続けて「風のクロニクル」を読む。
そのあとは...
2012年9月28日金曜日
2012年9月23日日曜日
能
グランシップの「能楽入門講座」のチケットがあたったので久々...に2人で外出。とはいえ能は自分も初めて。
(大)昔は尺八か鼓でもやりたい、と思ったこともあったが、鼓と地謡の響きは気持ちに染み入る...このあたりはやはり日本人か?
来年辺りから県内各地(とは言わなかったか?)で「羽衣」の謡の講習を始めるという、地元でもあるし習おうか、と思う。
(大)昔は尺八か鼓でもやりたい、と思ったこともあったが、鼓と地謡の響きは気持ちに染み入る...このあたりはやはり日本人か?
来年辺りから県内各地(とは言わなかったか?)で「羽衣」の謡の講習を始めるという、地元でもあるし習おうか、と思う。
2012年9月22日土曜日
2012年9月21日金曜日
2012年9月13日木曜日
市長の仕事?
昨夜帰るとTVで「橋下」氏が上機嫌で何か話していた...アナウンサーによると彼はツィッターをよくやるそうで多い時は1日100通(ほんとか?)になるという。この日(12日)も6通ほど発信したそうだ。
わずか120字ほどだとはいえ入力するにはそれなりに時間を取られるだろう...発信だけでなく(たぶん)それ以上の時間を読むのにも費やしているはずだ...1日のうちそこそこの時間を"少なくとも"ツィッターに費やしていることが想像できる。しかもその内容は(大阪市長としての)市政に関するものではなくほとんどは「維新の会」関連の物のようだ。
※ 彼のツィッターをみたら「維新の会の橋下」となっていた。内容とタイトルは合っているわけだ。
市長は普通の公務員とは違うことは承知している、勤務時間の定めもない。しかし彼は「大阪市長」であって俸給も市(市民)からもらっている。彼の「職務専念義務」は大阪市民(市政)に対して負うべきもののはずだ。
もちろん、彼が市の仕事をどれだけやっているか自分はわからない。十分市の仕事をして余暇を自分の趣味(維新の諸々が市の仕事とは到底思えないから)に使っているのだったらとやかくいう事ではない...が、メディアなどの露出度から想像するに「いったい、市長としての仕事はどれほどやっているんだ?」と私は勘ぐってしまう。
もちろん(大阪)市民が「それでいい」と承知しているならハタからとやかくいう事でもないが。
わずか120字ほどだとはいえ入力するにはそれなりに時間を取られるだろう...発信だけでなく(たぶん)それ以上の時間を読むのにも費やしているはずだ...1日のうちそこそこの時間を"少なくとも"ツィッターに費やしていることが想像できる。しかもその内容は(大阪市長としての)市政に関するものではなくほとんどは「維新の会」関連の物のようだ。
※ 彼のツィッターをみたら「維新の会の橋下」となっていた。内容とタイトルは合っているわけだ。
市長は普通の公務員とは違うことは承知している、勤務時間の定めもない。しかし彼は「大阪市長」であって俸給も市(市民)からもらっている。彼の「職務専念義務」は大阪市民(市政)に対して負うべきもののはずだ。
もちろん、彼が市の仕事をどれだけやっているか自分はわからない。十分市の仕事をして余暇を自分の趣味(維新の諸々が市の仕事とは到底思えないから)に使っているのだったらとやかくいう事ではない...が、メディアなどの露出度から想像するに「いったい、市長としての仕事はどれほどやっているんだ?」と私は勘ぐってしまう。
もちろん(大阪)市民が「それでいい」と承知しているならハタからとやかくいう事でもないが。
2012年9月9日日曜日
本来あるべき姿
橋下氏は日本を「本来あるべき姿にしたい」という。"本来の姿は何か"について彼と議論しようとは思わない。
しかし「国(国家)」はテニス協会のようなある意味同好の士のような集まりではないし、NPO(会社なども同じだが)のように目的を一にする人々の集まりでもない。国家の構成要因(つまり我々"国民")は国や時代を自分で選んで生まれてくるわけではない。まあいわばこの地この時代にこの人々と暮らしているのはほんの偶然といえるわけだ。そう考えると国に「本来の姿」などというものが"そもそも"あるのか、という疑問が生じる。
確かに"日本人"としての他"国"の方々とは異なった特性を我々は持っているかもしれない。しかしそれはある時代の誰か(政権)が「こう」と決めたものではないだろう。この地に生きた人々の連めんたる歴史(つまり日々の暮らしの積み重ね)が自然と育んだもの以上ではない。
うーん、思いがけず肩肘の張った話になってしまった。
まあ要するに「橋下ごとき」に私の生き方をどうこう言ってほしくない、というだけのことなんだが。
しかし「国(国家)」はテニス協会のようなある意味同好の士のような集まりではないし、NPO(会社なども同じだが)のように目的を一にする人々の集まりでもない。国家の構成要因(つまり我々"国民")は国や時代を自分で選んで生まれてくるわけではない。まあいわばこの地この時代にこの人々と暮らしているのはほんの偶然といえるわけだ。そう考えると国に「本来の姿」などというものが"そもそも"あるのか、という疑問が生じる。
確かに"日本人"としての他"国"の方々とは異なった特性を我々は持っているかもしれない。しかしそれはある時代の誰か(政権)が「こう」と決めたものではないだろう。この地に生きた人々の連めんたる歴史(つまり日々の暮らしの積み重ね)が自然と育んだもの以上ではない。
うーん、思いがけず肩肘の張った話になってしまった。
まあ要するに「橋下ごとき」に私の生き方をどうこう言ってほしくない、というだけのことなんだが。
2012年9月8日土曜日
今日のお仕事?
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