2012年9月28日金曜日

「パルチザン伝説」を読む

先日の毎日新聞(だったと思う、でなければ静岡)に昭和60-70年代の評論が載っていてこの本に言及していたのでさっそく借りだした。残念なことにこの本のことも作者の桐山襲のこともほとんど記憶に無い。同時代を生きていたはずなのに...
全く知らなかったかあるいは聞くことはあっても興味が無かったか... 「風流夢譚事件」についてもすでに"ああそんなこともあったなあ"という程度なので...実のところはわからない。なので若干Wikipediaで知識を補充してみた。49年生まれと言えば3年しか違わない、がしかしあの時代、その年代では大きな差かもしれない。経験した事件や感受性にかなりの違いがあるかもしれない...が、やはりそれにしても、と思う。

俺はあの時代一体何を見ていたんだろう...と書くと何やら自虐的になるがまあそうでもない、かなり感傷的にはなったが...済んでしまったことは仕方がない ^^;

少々胸の痛みを覚えながら読む。小説自体としても結構面白いしこの文体はかなり自分好みといって良い。
続けて「風のクロニクル」を読む。
そのあとは...

2012年9月23日日曜日

グランシップの「能楽入門講座」のチケットがあたったので久々...に2人で外出。とはいえ能は自分も初めて。
(大)昔は尺八か鼓でもやりたい、と思ったこともあったが、鼓と地謡の響きは気持ちに染み入る...このあたりはやはり日本人か?
来年辺りから県内各地(とは言わなかったか?)で「羽衣」の謡の講習を始めるという、地元でもあるし習おうか、と思う。

2012年9月22日土曜日

盛況なビーチ

ビーチ(テニス)の日
いつものメンバーに加え今日はゲスト(メンバーもいる!)が5人も加わって総勢14人もの参加者(^o^)...しかも将来の選手2名付き!

2012年9月21日金曜日

なでしこ

正しくは"カワラナデシコ(河原撫子)"というらしい。
6月も下旬近くに種まきしたのでどうかなっと思ったが(小さな植木鉢に密集)何とか咲いた。

2012年9月13日木曜日

市長の仕事?

昨夜帰るとTVで「橋下」氏が上機嫌で何か話していた...アナウンサーによると彼はツィッターをよくやるそうで多い時は1日100通(ほんとか?)になるという。この日(12日)も6通ほど発信したそうだ。
わずか120字ほどだとはいえ入力するにはそれなりに時間を取られるだろう...発信だけでなく(たぶん)それ以上の時間を読むのにも費やしているはずだ...1日のうちそこそこの時間を"少なくとも"ツィッターに費やしていることが想像できる。しかもその内容は(大阪市長としての)市政に関するものではなくほとんどは「維新の会」関連の物のようだ。
※ 彼のツィッターをみたら「維新の会の橋下」となっていた。内容とタイトルは合っているわけだ。

市長は普通の公務員とは違うことは承知している、勤務時間の定めもない。しかし彼は「大阪市長」であって俸給も市(市民)からもらっている。彼の「職務専念義務」は大阪市民(市政)に対して負うべきもののはずだ。
もちろん、彼が市の仕事をどれだけやっているか自分はわからない。十分市の仕事をして余暇を自分の趣味(維新の諸々が市の仕事とは到底思えないから)に使っているのだったらとやかくいう事ではない...が、メディアなどの露出度から想像するに「いったい、市長としての仕事はどれほどやっているんだ?」と私は勘ぐってしまう。

もちろん(大阪)市民が「それでいい」と承知しているならハタからとやかくいう事でもないが。

2012年9月9日日曜日

本来あるべき姿

橋下氏は日本を「本来あるべき姿にしたい」という。"本来の姿は何か"について彼と議論しようとは思わない。
しかし「国(国家)」はテニス協会のようなある意味同好の士のような集まりではないし、NPO(会社なども同じだが)のように目的を一にする人々の集まりでもない。国家の構成要因(つまり我々"国民")は国や時代を自分で選んで生まれてくるわけではない。まあいわばこの地この時代にこの人々と暮らしているのはほんの偶然といえるわけだ。そう考えると国に「本来の姿」などというものが"そもそも"あるのか、という疑問が生じる。
確かに"日本人"としての他"国"の方々とは異なった特性を我々は持っているかもしれない。しかしそれはある時代の誰か(政権)が「こう」と決めたものではないだろう。この地に生きた人々の連めんたる歴史(つまり日々の暮らしの積み重ね)が自然と育んだもの以上ではない。

うーん、思いがけず肩肘の張った話になってしまった。
まあ要するに「橋下ごとき」に私の生き方をどうこう言ってほしくない、というだけのことなんだが。

2012年9月8日土曜日

今日のお仕事?

フラッシュのハレーションで見難いが...
炎天下、ほぼ3ヶ月ぶりのめだか池?の掃除。この季節、ほっといたので藻やら枯葉のゴミやらでほんとに汚くなっていたがなんとか綺麗な水で泳げるようになったか...気分よく泳いでいるように見えるのは自分の勝手な見方に過ぎないが。
今年生まれた2世・3世の方も綺麗にしたが一緒の池に入れるのはもう少し待つことにする、大きさがまだだいぶ違う。

このあとは"なでしこ"の種まきとこれも2月ほどほっといた芝刈り...極小面積とはいえ「事務用はさみ」でかるのは辛い。

6月中旬に種まきしたなでしこが今日最初の1輪が咲く。

2012年9月6日木曜日

ヤモリ

まだ子どもらしく体長4-5Cm
網戸(の内側...部屋側...)に張り付いていたヤモリを捕まえてジャム瓶で保管...飼いたかったが餌など面倒そうなので庭に放す
うーんなかなかかわいい

2012年9月4日火曜日

組織で戦う...?

U20女子サッカー準決勝を見る。
前半はドイツに圧倒された...自分の見る限り、技術も体力も勝負への意思も全てにおいて相手が上回っていたように思う。("体格"はある程度持って生まれたものだから比較しても仕方がない)

いつも思うのだが"日本では"(うーん、こう言っていいんだろうか)、よく「組織(チーム)で戦う」と言うが、個対個(1対1)で少なくとも対等に戦えなくては組織も戦略もありえないはずだ。トップの監督という職にあるものが気づいていないはずはないだろうが、そうした彼らでも劣勢が予想されるときに結構こうした言葉を使う。どうもね~。

1対1で少なくても1人は相手を圧倒して抜かなければゴールには迫れない。パスをいくら上手く回そうにも1対1で抜けなければシュートを打てないだろう...それ以前にパスすら回すことはできないだろう...相手から遠く離れた位置ならば別だが。チームプレーなどできようがないし戦略を活用することもできない。
1対1で相手を上回っていればパスは自由に回せるし相手をかわせるしチームプレーも戦略も想定したようにできる...はずだ。チームプレーも戦略も個々が相手を上まわっている、ことが前提になる。
このあたりの認識がどうも甘いような気がするのは自分だけだろうか。

前半の3点は「自分たちの単純なミスから」と解説者は言っていたが、相手にプレッシャーを受けていた(それをはねかえせなかった)からこそミスしたのであって、そもそもゲームを自分達がコントロールしてノープレッシャーの場面だったら「単純」なミスなど起こりようがない。

テニスでもそうだと思う。よく「このボールはどちらが打つか」とか「チームプレーが大事」などと話している"奥様方"がいるが、そんなことを考えるより自分のプレーを向上させるほうが先、と忠告したい。
自分の技術があってこそチームプレーがあるのであって、チームプレーがあって自分があるのではない。しかもテニスはサッカーなどのように"パス"ができるわけではない。自分のところに飛んできたボールは自分で打ち返さなければならない。その場では"いつも"1対1のわけだ。
とにかく自分の技術を向上させよう。それしかない。そうすれば余裕もでき視野も広がり、チームプレーは自然にできるようになるだろう。

老人クラブ

今日の朝刊によると「老人クラブ」のクラブ数も加入者数も数十年に渡り減少傾向にある、という。老人クラブが60歳以上で加入できるとは知らなかった...とっくに条件を満足している!
老人クラブは自分の認識では町内会とか自治会の一部門だと思っていた。記事では"地域を基盤とする自主的な組織"とあったのでもしかしたら認識が間違っていたかもしれない、が、これも勝手な推測にすぎない(かもしれない)がたぶん町内会や自治会と密接な関連はあるんだろう...これが自分では老人クラブに無関心であった一つの原因なんだが。
それは別にしても名前を変えたり(「シニアクラブ」となるそうだ)啓発活動をするくらいで人気や知名度があがり会員数が増えることはたぶんないだろう。「老人ではないから加入しない」という理由はおそらく極めて少数派(最近の調査では3割くらいというが...)に違いない。

今の社会には"老人"がそこに参加にしようと思えばスポーツ団体にせよ、絵や歌など文化団体にせよ、あるいは特定の目的を持ったNPOなど、自分の意志や趣味で選べる多様な組織が存在する。意欲ある老人ならそうした特定の目的意識を持った組織のほうがたぶん己の趣味や経験を生かした活動ができるだろうし、おそらくもうそうしているはずだ。年寄りもバカではない...
そうしたなかではいわゆる「老人クラブ」のような"いろんなことができます"、碁もクロッケーもやります・子育て支援もやります...のような良く言えば多目的、悪く言えば焦点のない組織に魅力がないのは当然だと思う。

記事中の老連事務局長の分析は従前の活動方針上から一歩も踏み出していず、この認識に因る限り今後の幾多の新事業にも関わらず、クラブの勢力を取り戻すのは不可能に違いない。

2012年9月1日土曜日

飛鳥2

外堤防の標識をかわして駿河湾に出る飛鳥2
今日は<飛鳥2>が入港する日だったのだが全く忘れていて外出していた...帰宅後ふと思い出したがすでに2時半。Webで出港時刻を確認、港にはもう間に合わないので出港後の港内の写真でも...と半島の突端に向かう。

浜で日の出埠頭を見るとまだ動いていないようだ...浜にはカメラを担いだ同好の士?がすでに位置取りして準備万端のようだ。もちろん自分のように慌てて駆けつけた輩もいるが...
3時2分、花火数発が上がり汽笛が響いて出港のようだ。ゆっくりと動き出すのが分かる。

逆光を避けるため興津埠頭を背景に入れようと真崎の標識に場所を移す。富士山が雲で見えない...とはいえ何枚かモノして帰途に着く...素人でコンデジなので出来は...